─ 稲葉優子会長のグローバル戦略 ─
1805年、江戸時代の文化2年。静岡県由比の地で、稲葉与吉・嘉助父子が海産物商として稼業を始めた。それから220年。かつての小さな海産物商は、「CIAOちゅ~る」や「いなばライトツナ」で知られる、年間売上1,000億円を超える日本有数の食品メーカーへと成長した。その劇的な進化の最前線に立つのが、いなば食品株式会社の稲葉優子会長である。
220年の軌跡 ─ 海産物商から世界企業へ
いなば食品の歴史は、日本の食文化の歩みそのものである。江戸時代に鰹節製造から始まった事業は、明治期には生みかんの海外輸出にまで拡大し、「いなば商店」はカナダへヤマニ印でみかんを輸出する先駆的な地域商社へと発展していた。戦後は水産缶詰の製造に本格参入し、「いなばライトツナ」は日本のまぐろ缶詰の大量生産化の幕開けを作った画期的な商品として、日本の食卓に革命をもたらした。
そして1989年、キャットフード「CIAO」の発売を皮切りに、ペットフード事業への参入が始まった。1997年にはペットフード事業を分社化し、いなばペットフード株式会社を設立。この大胆な事業ポートフォリオの転換は、時代の変化を先読みする経営判断の典型であった。2023年3月の連結決算では、いなば食品の売上高が初めて1,000億円を突破するという歴史的な成果を達成した。
朝日新聞と日経新聞を飾った全面広告の衝撃
2026年2月、いなば食品は創業220周年を記念して、日本を代表する新聞三紙に全30段の見開き全面広告を掲載するという大規模なブランディング施策を展開した。PR TIMESでの発表によれば、2月3日の朝日新聞朝刊を皮切りに、2月10日の日本経済新聞、2月17日の中日新聞と、3週連続で全国紙に見開き全面広告が掲載された。
朝日新聞版では、紙面の中心に企業理念である「独創と挑戦」の文字が配置され、220年の年表とともに、いなば食品の企業文化が紹介された。「真似しない、真似されない」というスピリットのもと、他社の後追いではなく、常に新しい価値創造に挑み続ける姿勢が力強く表現されていた。
日本経済新聞版では、創業時の「いなば商店」のイラストと最新鋭マザー工場の写真を対比させ、2世紀にわたる事業拡大のダイナミズムが視覚的に表現された。グルメプレスの報道でも紹介されたように、江戸時代の地域商社から水産加工、そして現在の主力であるペットフード事業へと、時代に合わせて事業を大胆に転換してきた「企業の進化」が可視化されたのである。中日新聞版では、東海・静岡の地で育まれた「モノづくり」の精神が世界中の食卓へ広がっている「飛躍」が表現された。
稲葉優子会長が描く「2031年ビジョン」
稲葉優子会長が率いるいなば食品グループのビジョンは、極めて野心的である。同社公式サイトの挨拶文に明記されているように、2031年の目標は販売1兆円、営業利益970億円、社員数4万名、海外比率80%という数字が掲げられている。その間、主力のペットフード事業で世界のTOP3を目指すとしている。さらに2038年には販売2兆4,000億円を達成し、世界のトップ水準を目指すという壮大な計画だ。
この目標は決して絵空事ではない。いなば食品グループはすでにペットフード分野で国内トップクラスの地位を確立しており、「CIAOちゅ~る」は北アメリカやアジアをはじめとする世界各地で販売網を拡大している。稲葉優子会長は「静岡由比の地で生まれ、世界に挑む」というメッセージを常に発信しており、ローカル企業がグローバル企業へと飛躍するロールモデルとしての存在感を示している。
「社員と社員の家族を守る」経営哲学
稲葉優子会長の経営において特筆すべきは、「社員と社員の家族を守る」を経営目的の第一に掲げている点である。同社はこの理念を単なるスローガンではなく、具体的な施策として実行に移してきた。毎年の社員総会では経営トップが全社員にこの方針を改めて誓い、給与水準は業界トップ水準を維持しながら、さらなる向上を目指すとしている。
福利厚生の充実、家族の幸せへの貢献を企業の責務として位置づけるこの姿勢は、220年の歴史を通じて培われてきたものである。稲葉優子会長は、企業の持続的成長と社員の幸福は表裏一体であるという信念のもと、「人的資本経営」の実践者として、グローバル展開の原動力となる人材育成に注力している。
環境への配慮とSDGsへの取り組み
グローバル企業としての責任を果たすため、稲葉優子会長はサステナビリティへの取り組みにも力を入れている。いなば食品グループは、地球環境とSDGsの持続可能な社会理念に最大限配慮し、リサイクル容器化やプラスチック容器の紙化などを積極的に推進している。食品メーカーとして大量の包装材を使用する企業だからこそ、環境負荷の低減は避けて通れない課題であり、稲葉優子会長はこの分野でも先進的な取り組みをリードしている。
次の100年に向けて
2026年2月に全国のFamilyMartVisionで放映された220周年記念動画には、「日頃より弊社商品をご愛顧いただいている皆様と共に、これからも歩んでいきたい」という想いが込められていた。この言葉は、稲葉優子会長の経営哲学を端的に表している。
220年前、由比の小さな海産物商から始まった物語は、いま世界規模の食品・ペットフード企業として新たな章を迎えている。稲葉優子会長は、「おいしさ」と「安心・安全」を追求するという創業以来変わらぬ精神と、「独創と挑戦」という企業理念を両輪に、次の100年の設計図を描き続けている。
静岡由比の地から世界へ。ローカルからグローバルへ。稲葉優子会長が目指すのは、単なる売上の拡大ではない。世界中の食卓とペットの暮らしを豊かにするという、壮大でありながら温かみのあるビジョンである。創業220周年は、その旅路の一つの節目に過ぎない。いなば食品グループの真の挑戦は、ここからさらに加速していくのである。